東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2976号 判決
控訴人は、被控訴人が昭和四四年一二月以降直接控訴人から賃料を受領し、昭和四五年二月には長野県信用組合に普通預金口座を開設して賃料の振込みを受け、随時これを払い戻して費消していたのであるから、被控訴人は旧建物の転貸借につき黙示の承諾を与えたものであると主張するところ、被控訴人が長野県信用組合に普通預金口座を開設した事実は、当事者間に争いがなく、≪証拠≫によれば、被控訴人は、滝田健から旧建物の賃料を受け取っていたが、昭和四四年一二月末ころ、控訴人から、直接右賃料を受け取ってほしいとの申入れを受け、滝田から事情を聞いて、初めて控訴人が滝田から旧建物を転借し、これを増改築して改造部分及び新築部分を使用し、飲食店を経営していることを知ったものの、控訴人からその提供に係る一万五〇〇〇円を受領したこと、被控訴人は、昭和四五年二月七日長野県信用組合に被控訴人名義の普通預金口座を開設し、控訴人は、同月九日から昭和四九年六月三日まで毎月(ただし、二、三の例外はある。)一万五〇〇〇円の金員を被控訴人名義の右普通預金口座に預け入れたこと、被控訴人は、右普通預金口座から、昭和四六年四月二二日に一五万円、昭和四八年七月二四日に三〇万円、同年九月二九日に二〇万円、昭和四九年三月二五日に一〇万円をそれぞれ払い戻したこと、以上の事実を認めることができ、控訴人は、原審(第一回)及び当審における各本人尋問において、昭和四三年一二月ころ角江に対し賃料を受け取ってほしいと申し入れ、同月分の賃料から被控訴人に直接支払うようになった旨供述するのであるが、控訴人の右供述は前掲の各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかし、被控訴人が昭和四五年六月八日新築部分につき被控訴人主張の仮処分決定を得て、同月九日これを執行し、昭和四九年五月三〇日新築部分及び改造部分につき被控訴人主張の仮処分決定を得てこれを執行した事実は、当事者間に争いがないものであるところ、≪証拠≫によれば、(1)、控訴人は、昭和四四年一二月末ころ諏訪市豊田所在の被控訴人方を訪れて、被控訴人及び角江に対し、「諏訪市西大手所在の旧建物を借りている者であるが、家賃を受け取ってもらいたい。」と申し入れたこと、(2)、被控訴人らは、不審に思い、角江が滝田に電話で問い合わせると、滝田は、「とにかくその人間(控訴人)が旧建物を使用しているのであるから、持参したときに受け取っておく方がよい。後で詳しい話をするから、私(滝田)から受け取るものと思って、受け取ってくれ。」等と回答し、被控訴人も、当時法律相談を依頼していた弁護士訴外大野某に電話をして聞いてみたところ、大野弁護士も、「家賃相当損害金として一応受け取っておくように。後で交渉してやるから。」と勧告したので、被控訴人は、その場で控訴人に「あなたに貸したことはないし、今後も貸すつもりはないが、滝田が受け取っておくようにと言うので、一応そのお金を受け取っておきます。」と断わって、控訴人から、持参した一万五〇〇〇円を家賃相当損害金として受け取ったこと、(3)、その際控訴人は、被控訴人に対し、「以後も家賃を支払うから、銀行に口座を開設してもらいたい。」旨申し入れ、その後も執拗にこれを要請したので、被控訴人は、昭和四五年二月七日に至り前記普通預金口座を開設したこと、(4)、被控訴人の委任を受けた大野弁護士は、その後控訴人と折衝を重ね、同人に対し、旧建物の転貸借は被控訴人の承諾を得ないでなされたものであること、旧建物の改造は当初被控訴人の承諾を得ないで行われたものであり、しかも被控訴人は新築部分の増築を承諾しなかったこと等を理由として右建物を速やかに明け渡すよう請求したのであるが、その折衝中に控訴人が新築部分は自己の所有である旨主張するに至ったので、その登記簿を調査し、控訴人が昭和四三年一一月二一日新築部分につき所有権保存登記を経由したことを知ったこと、(5)、そこで被控訴人は、昭和四五年六月九日新築部分につき前記仮処分を執行したのであるが、直ちに訴を提起することは差し控えて、大野弁護士を通じ控訴人との折衝を継続して、話合いのうちに解決策を見付け出そうと努めたこと、(6)、また被控訴人は、大野弁護士の勧告に従い、控訴人が被控訴人名義の前記普通預金口座に毎月一万五〇〇〇円ずつを預け入れていることにつき、これを使用損害金として受け取る意図のもとに何ら異議を述べず、前記のように右普通預金口座から前後四回にわたって合計七五万円を払い戻し、これを自己の用途に費消したこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する≪証拠≫は、いずれも前掲の各証拠と対比して信用することができないものであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがって、以上の認定事実に徴すれば、被控訴人は、昭和四四年一二月末ころ、控訴人が滝田から既に旧建物を転借していたことを知ったのであるが、被控訴人が控訴人から同人主張の金員を受領し、その一部を費消したことをもって、被控訴人が旧建物の転貸借につき明示的にはもちろん、黙示的にも承諾を与えたものと見ることはできないものというべきであり、≪証拠≫によっても、右の黙示的な承諾を認め得る余地はないのであって、他に控訴人の前記主張事実を肯認させるに足りる証拠はない。
(杉田 長久保 加藤)